何かを始めようとした時、「私にはできない」「難しい」「ムリだ」と諦めたことはありませんか?
私も以前はそうやって諦めたことが何度もありました。
それは、おいしいお店で食事をする、という小さなこともあれば、高額のセミナーだったことも。
でも今にして思えば、「できない」は事実ではなかったと思えるものもたくさんありました。
つまり、私は単に「できない」と思い込んでいただけだったんです。
こうした思い込みを持っている人は少なくないと思います。
もしあなたも「私にはできない」と思った経験があるとしたら、そこには思い込みが隠れているかもしれません。
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あなたにできないと思わせているのは?
私たちは生まれた時から「私にはできない」と思っていたわけではありませんよね?!
「私にはもうムリ!」と、立ち上がることを諦める子どもがいないように、あなたも生まれた時には無条件に自分の可能性を信じ、思いのままにチャレンジしてきたのだと思います。
ところが、ある時から「私にはムリ」「できない」が出てきます。
わが子を見ていると、「怖い」という感情とともに、そんな言葉が増えたような気がしますが、あなたはどうですか?
「できない」の奥には大抵、「怖い」が隠れています。
つまり、何かに恐れるからこそ「できない」と言いたくなるのですね。

大人の私たちが抱えやすい怖さとしてよく耳にするのは
・経済的不安
・誰かの評価
・人間関係の維持
などがあるようです。
例えば、会社員をしていた人が起業しようと思った時、「私には難しいんじゃないか」と思ったとします。
その奥には、「失敗したらどうしよう」「収入が途絶えたらどうしよう」というものがあるかもしれません。
講座やセミナーに申し込もうと思っても、つい「私にはまだ早いんじゃない?」と躊躇する人は、「セミナー代に見合うだけのものを得られるのか?」と自分の選択の失敗を恐れているかもしれないし、「こんなセミナーに行っても変わってないじゃん」という夫の言葉を恐れているかもしれません。
こうした怖れは私たちの「やりたい」「なりたい」気持ちにブレーキをかけ、行動を制限します。

多くの制限は思い込み
怖れを抱くことは人間の本能ではありますが、ここに振り回されてばかりでは、自分らしさから遠ざかってしまいます。
そもそも、こうした怖れの根っこには『思い込み』が隠れています。
失敗に対する不安であれば
・失敗したら恥ずかしい
・失敗するくらいならやらない方がマシ
・ 経済的不安であれば
・収入がなければ生活できない
・毎月○十万円はないとムリ
・頑張って働かないとお金が入ってこない
などなど、上記のものがあるかと思います。
あなたはどうですか?
思い込みには、個人的な思い込みもあれば、社会的な思い込み、国民としての思い込みなど、いくつもあります。
例えば、アメリカに住む友人がこんなことを言っていました。
「アメリカ人はなんでも使い捨て。壊れたらすぐ捨てて、新しいのを買うよ」
つまり、アメリカの文化として、ものは壊れるものであり、壊れたら新しいものを買う、という思い込み(そういった商品の作り方なのだと思います)があるのでしょう。
それに対して日本人は、ものにも命があるとか、一つのものを大切に使う、と言った考え方がベースにあり、日本製は丈夫だと言われてきたように、商品も長く使えるための工夫がされてきました。
そこには「ものは長く大切に使うもの」という思い込みがあったのだろうと思います。
こんな風に、住む国や地域によって持っている思い込みもあるのです。

では個人を見た時、自分がどんな思い込みを持っているのかは、どうしたらわかるでしょう。
見つけやすいのが、「できない」と思った時です。
まずは「どうしてできないと思っているのだろう?」と自分に質問してみます。
「だって、家族がいるし」 「だって、夫に何言われるかわからないし」 「だって、忙しいし」 もしかしたら、その理由はいくつも出てくるかもしれません。
それを全部書き出してみます。

思い込みと事実の違い
書き出してみると、それは事実ではない、と気づくかもしれません。
そうです、事実ではないから『思い込み』と言っているのですね。
では、思い込みと事実の違いってなんでしょう?
思い込みの場合、言葉の後には「と、私は思ってる」というのがつけられます。
「だって家族がいるし・・・と私は思ってる」 「だって、夫に何言われるかわからないし・・・と私は思ってる」 というようにね。
一方で事実には「私は思ってる」とは言えませんよね?!
「セミナーを受けたいその日に、どうしても外せない仕事が入ってる・・・と私は思ってる」って言ったら、おかしいでしょ!?
私が思うも何も、それは決まっていることなんだし。
日常ではこの思い込みと事実がごちゃ混ぜになっていて、事実だと思っていたことも実は思い込みだったりします。
先ほど書き出した理由を眺めてみます。

それは事実ですか?
それとも、あなたがそう思っていることですか?
例外はありますか?
そのやろうと思ったけどできない、と感じたそのことをすでにやっている人、あるいはそれに近いことをやったことがある経験はないでしょうか。
そんなふうに見ていくと、これまでできない理由として成立していたものも、実は理由にはならないかもしれない、と思うこともあるかもしれません。
あなたを制限するものを手放したら?
もし、あなたができないと思う原因となっている制限を手放すことができたら、これからの未来はどうなるでしょう。
例えば、「子どもがいるから趣味を始められない」と思っている場合と、「子どもがいても習える教室はあるかな?」と思っている場合では、その後の行動が変わると思いませんか?
行動が変われば、その先の未来も変わってきます。

後者であれば、子ども連れで通える教室を見つけて習い始められるかもしれないし、オンラインで教えてくれる先生を見つけられるかもしれません。
私たちの未来は行動の選択によって変わります。
選択する道の差は、初めはちょっとした角度の差でも、進み続ければ大きな差になっていきます。
1年後、3年後、5年後と未来へ進んだ時、もう一つの選択とは全く違う景色を見ていると思いませんか?
「これをやりたい」「こうなりたい」という想いを持ちながら、それを実現できないのだとしたら、そこには何かしら制限をかけているものがあります。
その時、あなたは自分の思い込みを見つけることができます。
それを事実と捉えるのか、思い込みいであることに気づきながらもそのまま諦めるのか、あるいは見つけた思い込みを手放していくのか、どれがいいも悪いもなく、どれを選ぶこともできます。
でも、きっと「やりたい」「なりたい」気持ちが強ければ強いほど、あなたは思い込みを手放して、そこに向かって進んでいきたいと思うでしょう。
その時にできる簡単なワークを一つご紹介しておきますね。
思い込みを手放すワーク
例)私には経験が足りない
2.その思い込みがどんな思い込みに変わったら行動できそうか、望ましい思い込みを言葉にしてみます
この時に作る思い込みは必ずしも真逆のものである必要はありません。口に出してしっくりくる言葉を選びます
例)経験がなくてもできることはある
3.横に4歩動けるスペースを取ります 【最初の場所は制限となっている思い込みの場所です 】
そこでは、その思い込みを口に出したり考えた時の気分を味わい、それに相応しい姿勢やポーズをとります
4.次に横(未来に向かう方向)に3歩移動します
そこで望ましい思い込みを口に出しながら、その感覚をじっくりと味わいます
味わったら、その状態に相応しい姿勢やポーズをとります
5.1歩後ろに下がってから、最初にいた場所に戻ります
(そのまま元に戻ると潜在意識が混乱するので、必ず線上から外れてから戻ります)
6.最初の場所でもともと持っていた思い込みを口に出して言いながら、その時の姿勢やポーズをとります
7.横に1歩移動し「それって本当かな?」と元いた場所を見ながら頬に手を当て、首を傾げて疑ってみます
8.さらに横に1歩移動し「何か別の方法があるかもしれない」と言いながら未来の方へ向き、片手を腰に、片手を斜め上に向かって指さす姿勢を取ります
9.さらに1歩移動し、望ましい未来の場所へ行きます
望ましい思い込みを口に出しながらその時の姿勢やポーズをとり、叶えられた未来をじっくりと味わいます
10.5〜9を4、5回繰り返します。
3回目以降は言葉は言わず、ポーズだけをとり、またスピードをあげながら1歩ずつ移動することを繰り返します
未来の場所から現在に戻る時には必ず、線場からずれて戻ります
11.未来の場所を十分味わい、新しい思い込みが自分の中に落とし込めたと感じたら、最初の場所に戻り、変化を確認して終わります
いかがでしたか?
ぜひ試してみて下さいね^^
まとめ
『制限のない世界とは』 私たちがやりたいことをできないのは、意志が弱いわけでも周りが悪いわけでもありません。
社会の環境などが影響することはあっても、その中でも前進することはできるのです。
それなのにそれができない理由の多くは、私たちの中にあります。
私たちが自分自身にブレーキをかけているのです。
そして、そのブレーキになっているのは、思い込み。
思い込みはこれまでの人生で知らず知らずに身につけているものが多く、またそれによって気づかないうちに人生を左右されていることもありますが、気づくことさえできれば手放せます。
そして、あなたは制限しているものを手放していくだけで、生きたい未来を生きるための一歩を踏み出すことができるのです。
制限のない世界、それは「できるかできないか」ではなく、「どうしたらできるか」を考える世界なのだと思います。
あなたはどちらの世界で生きますか?
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